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zoom RSS 赤字83線でリストアップされた・・・参宮線

<<   作成日時 : 2019/01/14 23:43  

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参宮線廃線危機?
現在は、JR東海の路線として、快速列車「みえ」が運転されていますが、伊勢・志摩は、近鉄の影響力が強く、国鉄時代はむしろ、お荷物的な路線として扱われていました。
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私の父親が国鉄の天鉄局に勤務しており、自宅で、参宮線についてその、処分(天鉄局→名鉄局に移換)されるに際して、その方向性が示されていたのを見たことがありました。

それによれば、参宮線は最低限の保守を行う路線として維持していくと言う方針が出されていました。
それが、JR東海になってからは、快速「みえ」を運転して積極攻勢に出たことは特筆されることでした。
そんな、参宮線ですが、昭和43年の赤字83線の勧告で、そのリストに上がっていたのです。

参宮線の歴史

その前に、参宮線の歴史を簡単に振り返ってみたいと思います。
私鉄として開通した、参宮線は、明治40年に国有化されています。

1893年(明治26年)12月31日 【開業】津〜宮川 23マイル58チェーン
1897年(明治30年)11月11日 【開業】宮川〜山田2マイル37チェーン 全線開通
1907年(明治40年)4月 複線化着工、未完のまま国有化
1909年(明治42年)10月1 国有鉄道線路名称制定により、亀山駅〜山田駅間(35.7M≒57.45km)が参宮線になる
1911年(明治44年) 7月21日 【延伸開業】山田駅〜鳥羽駅間(8.8M≒14.16km)
1944年(昭和19年) 戦争激化により、単線化
1956年(昭和31年)10月15日:六軒駅構内において列車脱線事故(六軒事故)発生 死者42名、負傷者94名。
1959年(昭和34年)7月15日:亀山駅 〜多気駅間 (42.5km) が紀勢本線に編入され、多気駅 〜鳥羽駅間のみが参宮線となる[ 山田駅が伊勢市駅・相可口駅が多気駅に改称
1983年(昭和58年)12月21日:列車集中制御装置 (CTC) が導入
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により東海旅客鉄道に承継
1989年(平成元年) 2月20日:キハ11形気動車が運用開始。ワンマン運転開始
伊勢を目指して、三社が競合
参宮線は、元々伊勢神宮への参詣を目的に敷設された路線でした、現在は伊勢市には参宮線の他近鉄線が走っていますが、近鉄の路線についても少し見て行きたいと思います。
当時は、伊勢電気鉄道【参宮急行電鉄に吸収されて伊勢線となり昭和36年廃止】と、参宮急行電鉄【後の近鉄】の3本の線路が走っていたことになります。
近鉄伊勢線


今回は、参宮線の六軒駅事故は別の機会にさせていただくとして、ローカル線問題に絞ってお話しを進めさせていただこうと思います。

赤字83線にリストアップされた参宮線
冒頭に記したように、参宮線は、昭和43年に赤字83線のリストにアップされて、廃止対象となりました。
赤字83線のリストはこちらから

このような事情になったのは、ライバルの近鉄が電化で、名古屋・大阪から直接特急列車を使って乗り入れていくるのに対して、昭和39年の新幹線開業までは、姫路発の参宮快速という列車が走っていました。
それでも、優等列車の本数は、全体として少なく、参宮線が管理所扱いになっていることを考えれば、かなり厳しい経営状況であったことが窺えます。

管理所ってどんな組織?

ここで、管理所について簡単に説明を加えさせていただきますと。
管理所とは、閑散線区の合理化を目指し、線区に鉄道管理局の一部の権限を移管した「線区別経営」を行う現業機関で、駅務・運輸・保線・信号通信業務などをそれぞれ統合したもので、JRの鉄道部などの原型とも言えます。

昭和41年当時の伊勢管理所【参宮線と名松線を管轄】の所長の談話
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ちなみに、昭和39年4月の時刻表をご覧いただきましょう。
昭和39年4月の時刻表

姫路発の列車が運転されています。
この列車は、戦前から走っていましたが、昭和39年新幹線開業のダイヤで廃止になっているようです。

ただ、特筆すべきは南紀観光団体専用列車が二見浦まだ乗入れており、二見浦と伊勢神宮への参詣の後、紀南を目指すダイヤになっていました。

参宮線は、赤字83線で廃止対象となりましたが、その後は有耶無耶となり、昭和57年以降は急速に合理化が進み、参宮線の殆どの駅がCTC導入で無人化され、初期に発生した余剰人員に関しては、駅の営業部門へ吸収するなどで上手く解消しています。

国鉄からJRになる際には、参宮線は近鉄に押されて今後も輸送量の増大が見込めないため、最低限の保守で行くという方針が確認されました。
昭和62年1月には管理局の受け持ち変更が行われ、紀勢本線の新宮以東【三重県全体】は、天鉄局の管轄から名古屋鉄道管理局の受け持ちに変更されました。

歴史にIFはありませんが、参宮線を含む三重県側の路線がJR西日本の管轄であったなら、「快速みえ」は走らず、もっと寂れていたかもしれませんね。

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