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zoom RSS 消えたローカル線  赤字83線で廃止された・・・三国線

<<   作成日時 : 2018/06/15 16:00   >>

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今回は、赤字83線で消えた路線の一つである、三国線を取り上げてみます。
三国港線は、三国港(みくにこう)と北陸本線を結ぶ目的で、1911年に官設鉄道により開業したと記録されており、実際に明治期にはかなり重要な港湾の一つで有ったようで、三国港(旧阪井港)突堤は、文化遺産(重要文化財)として登録されていることからも伺えます。
三国線の歴史を振り返る
三国線の歴史を簡単に書きだしてみましょう。
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当時の三国線をオレンジでマーカーしてみました


明治44年12月15日 【開通】金津(元・芦原温泉)〜三国間
大正2年1月1日 三国駅構内扱で、路線延長の上、三国港荷扱所開設
大正3年7月1日 【駅開業】荷扱所は三国駅の構内扱であったが、正式に三国〜三国港間に、営業距離を設けて貨物駅、三国港駅として開業
昭和2年12月15日 【旅客営業開始】三国〜三国港間、正式に旅客営業を開始、それまでは便宜扱い
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昭和19年 1月8日 【不要不急路線として休止】同時に、京福電気鉄道 三国芦原線 電車三国〜東尋坊口間休止
昭和19年 10月11日 金津〜三国港間 (9.8km) を国有鉄道線として休止し、三国線の三国〜三国港間の営業権を京福電気鉄道に貸与、三国〜三国港間を電化のうえ京福電気鉄道の営業線として営業開始。三国芦原線の軌道を三国線に付け替えて三国港までの輸送は継続
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昭和21年8月15日 金津〜芦原間 (4.5km) 営業再開し、三国線の列車の一部が京福芦原〜三国港間へ乗り入れしたと言う記述がありますが昭和25年の時刻表ではその辺を発見できませんでした。(一部列車による片乗り入れ)
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その後は並行するバスや、福井から運転される京福電鉄に乗客を奪われ、赤字83線の際に、廃止となりました。
京福電鉄が30分おきに走っていましたので、地元としても反対する要素は少なかったのではないかと思われます。
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昭和47年3月1日 金津〜芦原間 (4.5km)、休止中の芦原〜三国港間 (5.3km) も廃止。日本国有鉄道としての芦原駅、三国駅、三国港駅は廃止されています。(えちぜん鉄道三国芦原線としては存続)

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地元の要望で復活するも、金津〜芦原間のみ、三国港までは引続き京福が運営
終戦後は、国鉄三国線の復活要望があり、1946(昭和21)年に国鉄の手により、金津〜芦原間が復活します、その際、京福としては、金津〜芦原間の軌道を国鉄から借用し、金津駅へ高架で乗り入れた上で永平寺線と三国芦原線の直通計画も同時期に検討されたそうです。
当時の古地図などを参照すると京福電鉄の路線と記されています。
ただし、地元は国鉄での復活を望んだため永平寺線との直接乗り入れは立ち消えになったそうです。
しかし、不要不急路線として撤去した三国〜東尋坊間は戦後も復活することはなく、三国〜三国港間を国鉄から路線の貸与を受けたままの形で運営を続けました。
 国鉄も三国港まで直通列車は走らせたと言われています(片乗入)が、定期列車ではなかったようで、晩年の記録では乗入時刻を調べることができませんでした。
 結果的に、軒を貸して母屋を取られたような形に国鉄はなってしまう結果となりました。

 
 現在の三国〜三国港間は、元国鉄三国線の名残ということになります。
三国芦原線乗車の際は、是非その辺も意識してご覧いただけると幸いです。
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改装前の三国港駅、元国鉄三国港駅

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